Ryo Daimonji Blog
山吹に来り去りし鳥や青かつし 虚子
山吹に鳥が来たのである。そしてその鳥は去って行ったのだが、その色は青みがかった色であった。と言ういわゆる写生句である。山吹の黄色と鳥の青を言われてもなんとも言いようがない。せめて鳥がもう少し特定されていればだが。
山吹に来り去りし鳥や青かつし 虚子
山吹に鳥が来たのである。そしてその鳥は去って行ったのだが、その色は青みがかった色であった。と言ういわゆる写生句である。山吹の黄色と鳥の青を言われてもなんとも言いようがない。せめて鳥がもう少し特定されていればだが。
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恙なしや今日立春の鳥獣 北原志満子
恙ないとは、やまいがない、息災であること、異常がない、無事であること。と辞書にある。この句、上五「恙なしや」と定型の王道「や」切れで始まる。しかもその今日が立春で鳥獣を心配して終わる一物仕立てである。となれば、この作者のもう一つの代表句である「エプロンに卵かかえて夏至通過」を思い出す。いずれも女性らしい慈愛に満ちている。
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鮎の子のしら魚送る別哉 芭蕉
元禄ニ(1689)年旧暦三月二十七日、芭蕉と曽良が奥の細道への旅立つ日である。その旅立ちに際して見送る門人達に芭蕉が送った句である。鮎の子が芭蕉たちを送る若き門人であり、しら魚が芭蕉たちの例えである。老若の違いを頭髪の黒白で分けたと読めば分かり良いようだ。しかし、芭蕉はこの句を旅立ちの句としては品位が低いとして「行春や鳥啼き魚の目は涙」に変更したそうな。私は品位の高低と言うことはわからないが、例えと言うならあまりに単純な例えの対句になっているのかなとは思います。俳句の例えは難しいとつくづく思います。