Ryo Daimonji Blog
76 少将のあまの咄や滋賀の雪 芭蕉
大津に弟子の智月を訪ねてこの一句。この「少将のあま」とは鎌倉初期の女性歌人、藻壁門院少将のことであるらしい。「雪の降る滋賀で藻壁門院少将の咄など智月さんとしたことだよ。」ほどの句意のようだ。
下五の「滋賀の雪」も明るく晴れやかである。その上にあなた様と「咄」をして楽しいひとときでしたねえ。と穏やかなさらなる師弟の交歓が偲ばれる。芭蕉死後の旅装束などもこの智月さんがお世話されたとのこと、なるほどである。
さて、この句、昨年の1/29日に上の通り読んでいる。この時も弟子の智月、「あま」の壁門院少将のことを私は知らないままにこの句を読んでいる。俳人として芭蕉を学ぶ者として少しでも深く広く読み込むことは当然なのだろうが、俳句で伝える範囲としてはどうなるのだろう。
つまり、あらゆる芸術作品はその伝達力によって価値が決まる。例えば時間的にまた人的、場所的にどう伝わったかによると思われるのだ。この句なんぞは約350年も前に作られ今に伝わっていることになる。このような結果評価はそうだとして、詠む段階で読者の知らないことなどをどのように詠むべきかは今に生き、今作句する私自身の課題である。ひとまず「普遍性」が大事(この句の場合は、弟子智月さんとの深い交流の上での咄の味わい)だとして先を行こう。








