Ryo Daimonji Blog
蜻蛉やとりつきかねし草の上 松尾芭蕉
元禄三年(1690)笈日記。蜻蛉が草に止まろうとするのだが風に煽られて草が揺れるのでとまれないでいる。「とりつきかねし」がうまいと思う。こういう平明な表現はなかなか出そうで出ないものだ。
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蜻蛉やとりつきかねし草の上 松尾芭蕉
元禄三年(1690)笈日記。蜻蛉が草に止まろうとするのだが風に煽られて草が揺れるのでとまれないでいる。「とりつきかねし」がうまいと思う。こういう平明な表現はなかなか出そうで出ないものだ。
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去来抄柿を喰ひつつ読む夜かな 高浜虚子
芭蕉門十哲の一人とされる向井去来の庵の周りにあつた柿の木の話を踏まえ、この句をなした。虚子翁お得意の言わずに言う、見事に去来抄を蘇らせている。嵐山もまだ暑く、インバウンドに満ちているであろう。もう少し秋が深まれば出かけてみたい。
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猪罠注意の札携帯電話番号明記 小澤實
私は、京都丹波の山間部住まいなので猪罠は珍しくありません。とらばさみといった罠であれば注意札も必要でしょうし、事故などに備えて携帯番号を書き示すことも猟には必要な注意事項でありましょう。何よりも無益な殺生を避けるためにも罠にかかっていることを知らすことも大事なことでありましょう。
等々といったことをこの句は意味するのでありますが、それが俳句価値として意味あるかについて、私は懐疑的であらざるを得ません。認めぬわけではありませんが、さほど優れた作品とは思えないのであります。