芭蕉の風景(29)2022/5/10
花あやめ一夜にかれし求馬哉 芭蕉
『芭蕉の風景』(上) 小澤實p267『ひととき』 ウェッジ2016/5『新芭蕉俳句大成』明治書院p803
花あやめが一夜でかれてしまったかのように歌舞伎役者吉岡求馬も死んでしまったことだなあ。と、比喩句にして求馬のことを惜しんでいる。
貞享五年(1688)四月末、杜国とともに上洛。土芳による『蕉翁句集』(宝永六年一七〇九成立)に所載。前書きに「ある人に誘われて、五月四日に歌舞伎役者吉岡求馬の芝居を観た。ところが、翌日の五日には、なんとその求馬は死んでしまった。そのため、冥福を祈ってこの追悼句をつくったのだ。」とある。
一方芭蕉に同行した杜国は《唐松歌仙よくをどり侍る だきつきて共に死ぬべし蝉のから 万菊》土芳が『蕉翁句集草稿』に記録しておいたものである。より若い杜国の熱狂的なファン心理がよく出ている。また、求馬の評については『野良立役舞台大鏡』(貞享四年刊)に賛辞がつらねられたあとに、もとめみんこましゃくれてもはなのかほ 確かに美貌の俳優であったことがわかる。
この芝居見物の数日後、杜国はひとり伊良湖へと帰っていった。そして元禄三年(1690)の春芭蕉に先立ち没するのである。