Ryo Daimonji Blog
月十四日今宵三十九の童部 芭蕉
十五夜に一つ足りない月と不惑の四十に一つ足りない三十九の私は同じようにまだまだ童である。と、月自分共にまだまだ未熟であると共に若いと論語を踏まえて強がり興じているものと解した。天和ニ(1682)年、貞享元年(1684)年作の両説有り。
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月十四日今宵三十九の童部 芭蕉
十五夜に一つ足りない月と不惑の四十に一つ足りない三十九の私は同じようにまだまだ童である。と、月自分共にまだまだ未熟であると共に若いと論語を踏まえて強がり興じているものと解した。天和ニ(1682)年、貞享元年(1684)年作の両説有り。
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加藤洲の大百姓の夜長かな 虚子
この句の核は、加藤洲という土地の風土であろう。加藤洲は千葉県の香田市あたりをいうようである。百姓といえばどこであれ朝早く田畠に出て夕方までを勤勉に働くイメージがある。この句の百姓は夜遅くにも働く、と詠嘆する。土地柄があるのであろうなぁ。「ホトトギス」昭9・10の前書に「十月八日橙黄子田園調布新居句会」とある。
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汗の人ギューッと眼つぶりけり 京極紀陽
汗をかいた時眼に汗が入らないように、ギューッと目をつぶることってある。そうすることで曇りがちな視界もきれいになりそうな気もする。しかしなんだ、それがどうしたというんだ、正岡子規の俳句分類に丁号分類、句調というのがあるが、そこに入れる句かな。
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三日月や朝皃の夕べつぼむらん 芭蕉
三日月と朝顔に対句、対比表現と言えようか。つまり、やがて満ちてゆく三日月とやがて開花する、夕べのうちに蕾となってゆく朝顔を対比させ、時の移ろいをしみじみと詠嘆しているのだ。つまり三日月を朝顔とを比べ詠んだところに深みがあるのである。天和ニ(1682)年以前の作。
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一筋の煙草のけむり夜学かな 虚子
昼働いて夜学校で学ぶ、いわゆる夜学制度は昼間主コース・夜間主コースからなる「昼夜開講制」に移行しているようだ。ともあれ堂々と一服するくたびれた学生の風情が懐かしい。「夜学」は歳時記では秋の季語とされているが、よくわからないのである。