Ryo Daimonji Blog
藺の花の上漕ぐ船や五月雨 高浜虚子
藺の花はイグサ科の多年草で山野、湿地に自生するが水田でも栽培されるそうである。そういう川か湿地を、船で巡るところがあってそこで詠まれたようである。完全に水没している藺の花ということでなく、藺の花咲く水辺を船で行って、その景を花の上漕ぐ、とディフォルメされたのであろう。その瞬間がうまく捉えられ、表現されたと思う。
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藺の花の上漕ぐ船や五月雨 高浜虚子
藺の花はイグサ科の多年草で山野、湿地に自生するが水田でも栽培されるそうである。そういう川か湿地を、船で巡るところがあってそこで詠まれたようである。完全に水没している藺の花ということでなく、藺の花咲く水辺を船で行って、その景を花の上漕ぐ、とディフォルメされたのであろう。その瞬間がうまく捉えられ、表現されたと思う。
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島の教会かとりせんかう置くあはれ 小澤實
前書に長崎とある一連の一句である。多勢の人がお参りされていたのかどうか、定かではないが蚊取り線香が置かれている。下五「あはれ」喜び、悲しみ、同情など心にジーンとくる情感とある。お参りする人への心遣い、長崎は原爆被災の地でもあった。信仰の心に宗派はない。
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玉祭りけふも焼場のけぶり哉 松尾芭蕉
玉祭りと、一気に秋へ飛んでしまう。盆の義仲寺内の無名庵の竜が丘墓地での一句のようだ。こういう場面で思い出すのはネット動画のガンジス川の河畔での荼毘のシーンだ。河畔であっても荼毘に付されるのはまだいい方で、極貧ともなれば、ただガンジス川に流されるだけというのもあるようだ。火葬にも慣れてしまっているが生きとし生きるものは皆死ぬ、という無常。川や海、土に還るというやすらかな死を思います。
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三味弾いて銭乞ふ船や涼み舟 高浜虚子
例えば川下りの屋形舟なぞに三味線弾きが乗り込み掲句のような巡りになったのかもしれない。わずかな銭、とは言えプロの技には憧れてしまうものである。私ごとで言えば、京都三条木屋町の高瀬川あたりで長渕剛をコピーするギター弾きがいて、ギターケースにワンコイン投げ入れ、聴かせてもらったものだ。もっとも京都の夏は川沿いであってもじっとり暑かった。
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花冷えや都電と都電すれちがふ 小澤實
都電は1972年(昭和47年)末までに、荒川線以外の全路線が廃止されたそうですが、その都電が花冷えの頃すれちがった、という俳句です。私の京都でも昭和五十三年に廃止されたようですが、北大路を市電で移動するのがとても楽しかったです。何気ない瞬間にとてつもない景が宿ります。僕は、こういう句を原類想、原類句であると思います。より原句を見つけること、それこそが新しい俳句の追求だと思うわけです。